【四季折々】おせちについて【しげよし】

2021/10/24

■【おせちのお話1:歴史】おせち料理の起源は? 奈良時代が有力

今年もあっという間に秋になり、お正月まであとわずかとなってきました。お正月といえば、なんといってもおせち料理。

おせち料理の起源については諸説ありますが、古くは奈良時代にさかのぼるといわれています。奈良時代の朝廷で、暦の上で節目となる節日(せちにち)に開催された宴の席節会(せちえ)で、ごちそうとしてふるまわれていました。

平安時代になると、この節会が盛んになり、1月1日の元日をはじめ、年に5回行われていたそうです。この会でふるまわれていた料理は「御節供」(おせちく)と言われ、これが略されて短くなり、現代の「おせち」という名前につながったといわれています。

江戸時代になると、庶民の間にも「おせち」が広がり、豪華な料理で1年の最初の日を祝うようになりました。お祝いだけでなく、これから1年間の豊作・無病息災を願う風習は、現代に引き継がれています。

■【おせちのお話1:歴史】重箱に入れるようになったのは、江戸時代末期から

おせち料理というと、「重箱」というイメージがありますが、おせち料理が重箱につめるスタイルとして確立したのは、江戸時代末期から明治時代にかけての時期といわれています。

重箱に詰められるようになった理由は、
・ 箱を重ねる=めでたさを重ねる
・ 箱に詰めることで場所をとらない
・ 重箱に入れておくとお客様にふるまいやすい
・ ふたをすることで、保存しやすい
などの理由があげられています。

重箱は、二段重ねや三段重ねが良く知られていますが、正式には「四段重」となります。
それぞれ「一の重」「二の重」「三の重」よばれており、数字の「四」は「死」を連想させることから、「四段重」は「与(よ)の重」とよばれています。

■【おせちのお話1:歴史】戦後、百貨店などでおせちが売り出されるように

お正月の豪華な料理を「おせち料理」とよぶことが一般的になったのは、第二次世界大戦後。それまでは家庭で作られていましたが、戦後は百貨店などで、重箱入りのおせちが販売されるようになりました。その際に「おせち」という名称で売り出されたことから、広く一般的に「おせち」とよばれるようになり、現在に至ります。

コロナ禍が続き、大人数で集まることが引き続き難しい年末年始を迎えることとなりそうですが、その影響もあるのか、「おせち」への購入意欲は旺盛となっているようです。
一緒に食べる人数は若干減ったものの、お正月は少し良いものを自宅で楽しみたい、という傾向も見られます。

昔から大切にされてきたお正月を彩る「おせち料理」。
お好みのおせち料理とともに、家族で素敵なお正月を迎えましょう。

【2022年しげよしのおせちはこちらから】